前回の記事では、「日本語は世界でも習得が難しい言語のひとつ」であることをご紹介しました。
では、日本語を学ぶ機会はどのような機関・施設にあるのでしょうか?
母国で日本語を勉強してから、日本へ行く!
日本語を勉強するために、日本へ行く!
大人や、大学生くらいの年齢なら留学や語学学校に通うという方法があるでしょう。
ところが、「日本語はわからないけれど、親の仕事の都合で日本に行かなければならない」
そんな小さな子どもたちの場合はどうでしょうか。
家族の中では何とか意思疎通ができても、学校に通ったり地域で過ごす中で、言葉の壁に直面し、戸惑う子どもたちは想像以上に多く存在します。
今回は、「日本語を学ぶ機会」について、日本政府の取り組みについても注目してみたいと思います。
日本語学校

2023年度(令和5年度)の文部科学省の調査によると、日本全国で日本語教育を実施している機関・施設の数は2,727機関(大学や短期大学、高等専門学校、地方公共団体、教育委員会、国際交流協会、法務省告示機関、特定非営利活動法人、任意団体など)あるそうです。
日本語学校ってどんな所?
文字通り「日本語を教える学校」です。
ですが、「日本語を教える」だけではなく、「留学の在留資格取得をサポート」や「日本での生活をフォロー」してくれる学校も増えてきています。
語学だけではなく、「日本での生活の仕方」も一緒に教えてくれるんですね。

語学だけではなく、「日本での生活の仕方」も一緒に教えてくれるんですね。
日本語を教える先生はどんな人?
民間の日本語学校や専門学校、地域(自治会主催など)の日本語教室で日本語を教える先生は、大学や大学院で日本語教育を専攻していたり、「日本語教育能力検定試験」に合格していたり、日本語教師養成講座などを受講している方が多いです。
いずれも民間の検定資格の為、日本語教師への道はハードルは低く感じるかもしれません。
現在、日本政府は留学生の受け入れ拡大を目指し、日本語学校の質の向上を図っています。
その一環として、2029年から導入予定の国家資格「登録日本語教員」は、日本語教育の標準化と信頼性向上を目的としています。
指導の質を底上げするための新しい資格ですが、2029年4月以降はこの国家資格がないと日本語学校で教える事ができないようです。
「登録日本語教員」については、また別の機会に詳しく触れていきたいと思います。
日本経済新聞:日本語学校、7割が「落第」 初の審査で目立つ準備不足
日本語指導の必要性

ビジネスや、日本の文化(アニメや漫画、J-POP)に興味があり日本語を学んだり、技能実習生の講習などで「日本語を学ぶ機会」がある方は、日本語習得への道を進んでいく事が出来ます。
ですが、「親の仕事の都合で一緒に日本に来た」などの、外国にルーツをもつ日本語指導が必要な(母語で生活している)小中高生は、2023年度時点で約6万9,000人に上り、約10年前からは倍増しています。この内、高校生は約5,600人を占めます。
日本語の基礎を学ぶプログラムや各教科の補習など、小中学生は9割以上受ける事が出来ていますが、高校生になると、8割以下となり、「日本語の壁」により、学習・進級・就職が難しく高校を中退する子どもは年々増えています。
「受験に合格して高校に入学できた」という理由から、一定の学力を備えているとみなされ、日本語指導の優先度が下がってしまうことが、一因と考えられます。
父母に同伴して「家族滞在」として入国した子どもの場合、就労制限のない「定住者」「特定活動」の在留資格を取るには高校卒業が条件となる為、母語支援や日本語指導を充実させることを自治体が対策を急いでいます。
日本経済新聞:言葉の壁で高校中退率7倍 日本語指導必要な生徒増加

子ども同士のコミュニケーション
親の仕事に同伴してきた子どもたちは、インターナショナルスクールや、一般的には地域の公立の小中学校に通う事が多いです。
授業としては、日本語の基礎を学ぶプログラムや各教科の補習がありますが、同じ教室にいる子どもたちはどの様にコミュニケーションを取っているのでしょうか?
今は、小中学校のICT教育の一環で、生徒は1人につき1台、タブレットやノートパソコンを持っています。なんとその中に翻訳ソフトを入れて、コミュニケーションを取っているんです! 勿論、ジェスチャーなどもあるでしょうが、時代は進んでいますね~。
夜間中学
日本での義務教育を終えていない人たちを対象とした夜間中学ですが、年々外国籍の方が増加傾向にあります。通う理由としては「日本語が話せるようになるため」「高校に入学するため」が多い様です。
外国籍の方の入学が増えた事を受け、文部科学省は2025年度に日本語指導の指針作りに乗り出しました。
夜間学校を新設する自治体も増え、国と地域の日本語学校が連携して「日本語指導」を進めていく動きが活発になってきましたね。
読売新聞:夜間中学の生徒は7割近くが外国人…日本語指導ガイドラインを策定へ
東洋経済education×ICT:7割が外国籍、グローバル化する令和の「夜間中学」
このように、高校生や若年層だけではなく、日本で生活する外国人配偶者にとっても、日本語力の不足は生活の壁になります。地域社会での支援が、彼らの生活の質を大きく左右します。
地域ではぐくむ日本語の輪
では、学校や組織に属さない外国人の方はどうでしょうか?
例えば、配偶者の仕事の都合で一緒に日本にやってきた場合など、日本語を学ぶ機会の無い方も、どんどん増えていっています。
日本語や日本の生活ルールなどを教えてくれる場所がないと、周りとコミュニケーションを取ることが出来ず、どんどん孤立していってしまいますね・・・。
そういった外国人の方が、地域に溶け込み、暮らしやすい場所を提供できるように、「多文化共生社会」を推進する動きが日本の各地で見られます。
ここでは、日本語教育を含む多文化共生に関する自治体の取り組みの一部を紹介していきましょう。
茨城県
文化庁補助事業(令和6年度から文科省補助事業)を活用して実施しているプロジェクトです。
多文化共生社会の推進、外国人材に選ばれる県づくりのため、県内どこにいても日本語学習の機会が得られる環境と関係機関の連携体制を構築することを目的としています。
神奈川県
多文化共生の地域社会づくりの一環として、県内各地域において、外国籍県民等が生活に必要な日本語能力を身に付け、地域社会の一員として安心して生活し、活躍できる環境の整備に努めることを目的としています。
「日本語を学びたい」外国人だけではなく、「日本語を教えたい」日本人への情報も充実しています。
石川県
外国人が暮らしやすい地域づくりをお伝いすることを目的としています。
✅いつでもどこでもだれでも日本語が学べる
✅地域は外国人住民を受入れ、外国人住民は地域に貢献できる社会を目指す
✅生活に必要な日本語を学べる機会を、オンライン授業も含め、県内に広める
✅外国人住民が暮らしやすい社会を地域とともに考える
岐阜県
言語・文化の相互尊重を前提としながら、生活者としての外国人県民が日本語で意思疎通を図り、生活できるようになることを目的としています。
兵庫県
日本語習得を希望する外国人県民が、身近な生活圏で生活に必要な日本語力を身につけられるよう、県内市町・関係機関・既存の日本語教室と連携し、日本語教育にかかる体制づくりを進めていくことを目的としています。
欧米諸国の言語習得プログラムとの比較
まず、前提として、移民の多い欧米諸国においては、前回触れたように性質の近しい言語が多いです。また、移民としてやってくる側も、もともと欧米諸国の植民地だった影響で、英語やフランス語が話せるといった背景があります。
一方で、日本にやってくる外国人は、歴史的な背景や言語特性の全く異なるアジア各国からが圧倒的多数です。
そうすると、各自治体でミャンマー語やヒンディー語が理解できる人を配置したり、多言語で表記をしたり、様々な配慮が必要になってきます。
ある程度日本語を学んでいくと、日本語を日本語で教えるということができるようになりますが、一定の日本語力を身につけるまでの間は、母語による補足説明が不可欠です。
このように、欧米諸国に集まってくる移民と、日本に集まってくる外国人の経緯が異なるので、日本の場合は、日本語が難しい言語であることに加えて、より細やかな言語サポートが必要になるという事情があります。
欧米諸国の言語習得プログラム例
欧米諸国では、移民の言語習得を義務化する政策が進んでおり、「言語教育=社会統合の基盤」として法的に制度化されています。例えばイタリアではイタリア語A2レベルの修得が定住許可の条件となっています。また、ドイツやフランスでも、ドイツ語やフランス語のコース受講が制度化されており、言語教育と市民教育をセットで行う仕組みが整っています。
イタリア | イタリアでは、非EU出身の外国人が長期滞在を希望する場合、定住許可を得るために「イタリア語A2レベル以上の習得」が義務づけられています。移民統合契約(Accordo di integrazione)に基づき、言語や市民教育に関する講座を受講し、所定のポイントを取得しなければなりません。 |
ドイツ | ドイツでは「インテグレーション・コース(Integrationskurs)」という制度があり、移民は基本的にドイツ語600時間+市民生活に関するオリエンテーション100時間の受講が求められます。一定の条件を満たせば、参加費が免除される制度も整っています。 |
フランス | フランスでも、移民が長期滞在や永住を希望する際、フランス語の能力証明(DELF A1〜B1レベル)と、生活習慣・法律制度についての講座の受講が義務付けられています。ここでも国家が運営する移民統合制度(OFII)が主導的役割を果たします。 |
以上のように欧米諸国では義務付けられた言語習得プログラムになっています。
一方で、日本ではこうした言語教育が法制度として義務付けられておらず、支援は各地域や学校の自主的な取り組みに大きく依存しています。今後は、国レベルでの制度的支援や法整備が不可欠です。
現行の課題と、補助金制度を超えた取り組みの必要性
現在、日本語教育に関する多くの取り組みは、国の補助金に依存しています。補助金での取り組みを否定しているのではなく、補助金制度の性質として、補助金のある年度は活動が活発になりますが、制度が終了したり予算が削減されたりすると、支援が継続できないケースも少なくありません。
このような短期的な制度に頼り続けるのではなく、以下のような恒常的・制度的な取り組みへの転換が求められます。
- 法制度による位置づけ
たとえば欧米諸国のように、「言語習得が社会統合の要」であることを明確にし、法的に日本語学習の機会確保を義務化・制度化する。 - 自治体単位での常設支援体制
補助金の有無に左右されず、自治体が独自に常設の日本語教室やサポートセンターを運営することで、継続的支援を確保する。 - 雇用や教育との連動
職業訓練、日本の高校進学・卒業、日本人との家族形成など、各ライフステージに応じた日本語教育支援を構築する(イタリアやドイツのように、言語取得と就労・在留資格を連動させるなど)。

まとめ:日本語を学ぶ環境を、もっと持続可能に
- 日本語は世界的にも習得が難しく、特に子どもや配偶者として来日した外国人にとって、言語の壁が社会参加の妨げになっている。
- 多くの自治体が日本語教育に力を入れつつあるが、その多くは国の補助金による一時的な事業で、長期的な支援体制の構築が課題となっている。
- 欧州諸国のように、日本語教育を社会統合の一環として制度化し、誰もが継続的に学べる仕組みへの移行が求められている。
前回の記事で、日本語が世界でも難解な言語の一つであることをご紹介しました。
そして今回は、実際にその「難しさ」に直面している子どもや配偶者の存在、そして地域や学校による支援の現場をご紹介しました。
日本語が通じないことで孤立してしまう人を一人でも減らすために、私たちができることは何か、考えるきっかけになったら幸いです。
「学ぶ機会」そのものを社会のインフラとして整えることが、今後の日本に求められる真の多文化共生への第一歩ではないでしょうか。